2022年12月29日

どこでもあり得る

先に書いておきますが、
この動画には
ショッキングな場面があります。
そのようなものが苦手なかたで
ご覧になる場合は
その箇所は飛ばしてください。
動画内で説明が出るので、
それで判断してご覧になってください。

こういう動画は記録をしていても
公開されることはあまりないと思いますが、
ご本人がコメントされていますけれど、
どこの現場でもあり得ることですからね。
公開してくださったのはすごい。


それにしても
看護師のかたがいてよかったですし
対応もさすがで、
的確に指示を出しているし。
素人だとこういうとき慌てるだけで
どうしていいかわからないものね。



このチャンネルは時々見ていて
↓の動画とか好きでね。
ちょうどここに貼ろうかと考えていたので
こちらをついでに。


そんな動画にまさかの続編。




2022年12月24日

そういえばと思い出した。

Lovely Day / DoAsInfinity


たしかChristmasのときの曲。



2022年12月4日

これも

これとか
ベースとドラムだけでも
聴けると思う。



冒頭のところの
何か言っているやつは
ある曲の逆再生です。


この前貼った曲と上の曲は
同じアルバムに入っていますが、
このアルバムは他の曲も
なかなかでね。



2022年11月27日

見つけた。

存在は知っていたのですが、
見かけなくてどこにあるのだろうと
思っていたら、見つけました。

飴が見えないか。わかりづらいな。
これで見えるかな。
クリックすれば見えると思う。

キレイで美味しいです。
ちょっと独特なのもありますが。


2022年11月26日

全部聴ける

DoAsの曲、
YouTubeで全部聴けんのね。
Music用なのだろうけれども。
歌詞をどうこうではなくて
曲とか音の方を聴いてほしいときに
URL貼れるじゃない。
これとかさ。




2022年11月3日

終わってしまった……

DoAsはコロナが流行ってから、
ライブの予定はあったものの
延期ののち中止になったりして
出来ていないのですよね。
亮さんは
御自身のバンドやったりしてますけれど、
伴さんは難しいのだろうなと思っていました。
気にしそうですものね。
開催したことで
感染する人が出たら良くないだろう
とか思っていたのじゃないかなって。

皆さんには恐らく関係のない情報ですが、
FCが先月末に終了しました。
動きがないのに存続させておくのも
というのが理由らしいです。
これは表向きかもしれないですが。

最後の会報はもちろん届いていまして
プレゼントもあったので応募しました。
歴代のTシャツなのですが、
スタッフTもあって当たったら嬉しいですね。
きっと当たらないですけれども。
以前に当たってしまっているので。

その会報には
サポーターの皆さんのFCの思い出
が掲載されています。
様々な思い出がありますね。
私も何か送ろうと思ったのですが、
名前だけでもいい
とのことだったので
名前だけにしました。
どうしようかなと考えて、
そうだ、雅号にしよう
というわけで
雅号が掲載されています。

ちなみに、最後の会報は
会員でなくても購入できるみたいです。


FCの終了により、
まだライブはないだろうと思っていたら
年末に開催されるので
どうしようかなと迷います。

少なくとも今年中は
なんにも行くつもりがなかったので
他のものには行く気はないのですが、
DoAsだと迷ってしまいます。
いつから参加出来ていないのだろうか。
周年ライブに嫌われたりしたのでね。

でも、まだそういうものには行かない
と最初に考えていたのなら
それを貫く方がいいかなとも思うから、
先行は見送りました。
一般で残っていたら考えることにします。
たぶん売り切れると思うので大丈夫。


とかなんとか書いていてなんですが、
FCは終了したのですけれど、
他の違うカタチのものが
春には始動しているのですがね。
なんかネットのやつ。
そっちが動いていたので
FCの方はもうほぼあれでしたね。
FCの終了の理由は他にもあるのだろうな
と思っています。
なので、仕方ないですね。

個人的に今年は
これもそうだし、
あの方の携帯サイトの件もあるし、
なんかあれだな、本当。
まだ今年の総括をするのは早いですが、
やはり私は、良い年にはならなかったですね。
予想通りです。他にも色々あったし、
良い事あったかなぁ。思い当たらんね。
まあいつも通りか。
内心ビクビクしていたので、
災厄が降りかからなかっただけでもまあ。
まだ2か月あるからわからないけれど。
これでなんかあったら凄いですがね。
むしろこの2か月があれなんだよな。


終了する一時間前にFCからメールが来まして、
そこにお二人からのメッセージ
が書かれていました。
いつも思うのですが、不思議なもので、
二人でうまくバランスが取れているな
と感じるのですよね。
占い的にも
少々興味深いことがあったりしますが、
それは書く機会があったら。

ていうか、知らなかったのですけれど、
伴さんが会員番号1番だったのか!
もしかしたら知らないの自分だけなのかも。






まああれですよ。

関係ないことなので、気持ち的にはもうどうでもいいと言えばどうでもいいのですが。当人同士の問題ですしね。とはいえ書いてしまったので上げます。少々厳しいことを書いている箇所もあるかもしれませんが、きっと皆さんは他人事だと思うので大丈夫ですよね。


事務所が結婚していることを「知らなかった」わけないじゃないですか。何言ってんです?    関係性を考えれば、「知らない」はさすがに通らんだろう。苦しいな。事務所の代表で話していたのが誰だか知らんが、もっとうまくやった方がいいですよ。本当に知らなかったとしたら、信用されていないということになりませんか? それもどうなのか。事実を事実として素直に話した方が、後々のことを考えればいいと思いますが。目先だけを見ているのだろうな。もう少し先を見据えないと。結婚していることは知っていたがプライベートは本人に任せているのでそのような事実は知らなかった、でよくないか?    なぜ白々しい嘘をつく必要があるのだろう。
事務所が出した文書も、なんだろう。謝っとけばいいというような文章で。事務所のスタンスは示さないのですね。信頼回復するのは本人だしな。事務所として本人に対する行動を入れた方がいい気がするが。気付きましたが、よくある一文がないのですよ。本人に事実を確認したところ、ってやつ。どこか他人事なのですね、きっと。その当人はもちろんだけれど、知らなかったで通そうとしているのもあるし事務所自体も誠実さに欠けるのかもしれませんね。
彼は過去にも一件があるわけでまたなわけだが、事柄の方向は違うにせよ当時反省したのではないのか。いろんな意味で緩いのだろうな。芸能人の方々が今回のようなことを起こすと長い間社会的制裁を受けて結構痛い仕打ちにあっているけれど、声優はそこまでの仕打ちにはあわないものね。広く見えるけれど、実態は狭い世界だからな。芸能界のそれを基準と考えると、厳しいようだけれど同じ芸能の業界と言えど声優業界(というよりアニメ業界か?)は身内に甘いと言わざるを得ない。相手は仕事辞めてしまったということですしね。いつも女性の方が割を食うのだな。今のところなだけで、今後いろいろ受けるかもしれないけれども。いちばんキツイのはきっと共演者やスタッフの女性からそういう目で見られることでしょうね。

同業者が爆弾落とされているのを見て何とも思わなかったのだろうか。事務所側も洗っとかないからこういうことになる。
10年は……なぁ。なんというか、二人(結婚相手ともうひとりの相手になってしまった人)に対してすごく失礼よな。しかも、このもうひとりの相手になってしまっていた人はこの10年の間に、ここの関係がなければもしかしたら出逢いがあったのかもしれない。そう考えると、なんとも言えない気持ちになる。
とはいえ、公私が分けられないのはどうかとも思わんでもないけれど。社内恋愛に気付くと内心では面倒に思っている位の人間なのですみませんが。仕事は仕事だろと思う。プロならそこは分けなければ。


2022年10月8日

また少しあれな話。

宗教を信じている人に宗教を信じるなは無理な話で、団体が解散をして仮にそこから脱せても他団体に行くか違う何かに変わるだけな気がすんのよね。例えばスピリチュアルとか。私が見ていたのは基本的に現実に即しているものだったので、ぶっ飛んでいるものは見ていなかったのですが。そういうものに当たってしまうと宗教とほぼ変わらないかもしれない。占いもあり得ますね。それで悪い人にカモにされたり。

私が宗教を否定しないのはそれもあって、以前にも書いたことがあるかもしれませんが、宗教で救われている人がいるのも事実で、信仰をすることによりそこに存在意義や居場所を得ていることがあるのです。なので否定はしない。ただ、自分の生活は守れとは思います。故に、ほどほどに、なのです。信仰をする以前よりも悪い状況になったら意味がないので、破綻するようなものがあるべきではない。

献金やらは被害者意識がないから続けてしまうわけで、だからといって本人の意思でやっているからそれならいいかと言ったらそうではないですよね。
そもそも過度なことをする宗教団体がなければ被害者は出ないので、国で規制しようぜっていうのが海外ではあったりするのですね(↓の2つ目の動画で少し。動画の開始をそこにしてます)。こういうことをしたらカルト認定しますよというのを明確に示すことにより、信仰の自由は守りつつ、被害者が出にくい形に持って行っている。日本でもそうするのが良さそうな気がするが、それでもきっと、カルトは無くならないですけれどね。抜け道を見つけて上手くやるだろう。

あのかていは小物らしい。でもそうか、大物は生かさず殺さずか。それで長く。こうふくはどの程度なのか。


こういう会見を開くのは勇気いるよなぁ。
あちら側のそれはなんとも……。

こちらは会見の解説になります。





2022年9月25日

言い方大事

再生数を増やすのは癪なので見ていないのですが、ちょろっと見かけたあれについて。
「初見に優しくない」という意見はわかります。Dヲタをねらったのは明らか。そうではありますが、だとしても「いらない」ということはない。もう少し言葉を選んだ方がいいのではないかと。芸風とはいえ、それだと全否定になるから、あまりよろしくないです。例えば自分の嫌いな食べ物があって、存在を否定してそれを「いらない」と言っている人と同じですね。自分の気に入らないものは全部悪。でもそれには好きな人もいるわけでして。それを好きな人が聞いたら不快に思いますよね。だから、あの場合は「良さがわからない」ぐらいにしておくのが良かったのでしょうな。まあ、再生数稼ぎであのタイトルにしているのだろうけれど。

誰だかわからないからいらないということなのだと思いますが(たしかに作品には出てこないオリジナルなので知らないのは当然。公式ではないとしてもD社が知らないとは思えないのでOKは出ているのではないか)、じゃあ実際のところ、他のパレードとかの初見時にキャラクターを全部わかって見ている人がどのぐらいいるかと言ったら、そんなでもないと思うのです。ある程度知っていても、あれはなんのキャラだろうってことはあるわけで、だとすると、一般の人はよくわからなくても見て楽しんでいるのではないかと推察できます。
私の考えとしては、BIG5()を言えるのなら知っている方だと思っているので、マニアでもない限り大抵のゲストはそのキャラクターがなんの作品に出ているのかなんて考えて見ていないだろうし、そういうのを知らなくても楽しめるように運営側も考えているのだろうから、今回のヴィランズのもそうだと思うのですよね。ご時世的にもあれ的にもまだ通常ではないからちょっと物足りなさは出てしまうので、それを補う意味でも生声で話して盛り上げられる形にしたのではないかな。話せるのはああいうアクターさんになってしまいますからね。

あのパレードに出ているヴィランズ、全員言えますかい? って話でして。皆さんも、名前と作品名言ってみてください。たぶん難しいと思いますよ。あのキツネとネコとか、グリーティングでよくお見かけしますけれどもね。作品がわかっていればいい方で、名前まで知っている人は少ないでしょう。
ついでに、昼は同じフロートで違うパレードがやっていますが、その最初のフロートに乗っているキャラクターがなんのキャラクターかわかりますかね。汽車の上に座っているのだってわからん人はわからんだろうし、その後ろのところにいるのはなんのキャラクターか。パレードでは結構いますよね。

手下に怒っている人はまああれなんだろうな。詳しくない人ならショーに興味は示さずアトラク乗って、見たとしてもこういうもんだと思うだろうし、マニアになれば自分が嫌いなものならスルーするので。怒るというより関わらないになる。


ちなみにですが、ヴィランズのパレード、曲がかっこいいじゃないですか。あれは今回のために作られたものではなく過去の曲なので、すぐ見つかります。ヴィラワで検索すると正式なイベント名が出るので、それで曲を探してください。



  ミキ ミニ ドナ でBIG3、これに グー プル が加わってBIG5。そのあとは チー デー デジ



2022年9月18日

て、て

手下が陸に。
そら悲鳴あがるわ。
手下沼と言われていましたからね。
手下の方々は海のほうにいたのですが、
当時すごいことになっていたのです。
こういうのはハマると
なかなか抜け出せないですからね。
手下に関しては
好意的ではない人もいたりしますが、
これでゲストも増えるでしょうし、
活気づけば。

手下とはなんぞやという方。
ヴィランズはご存知でしょうか。
ご存知であれば話は早いので
こちらをご覧ください。



本当は登場時の悲鳴が入っている
動画を貼りたかったのです。
個人のにはなりますけれど
収益化をされていない動画なら
いいかなと思ったのですが、
それでもやはり
撮影関係の規定がよくわからないので
メディアのにしておきます。
この動画でも雰囲気は伝わるかと。
気になった方は御自身で
動画を見つけてください。

今月、
YouTubeの動画に対するその辺が
厳しくなったみたいなのですよ。
D系の大手チャンネルの中には
かなり前から収益化はしていない
ところはありましたけれどね。

そんな事情はいいのだけれど、
手下の方々はマイクをつけているので
生声だから、それもいいですね。
ある程度のセリフは
決まっているみたいですが、
状況でちょっとアドリブは
入れられそうです。


昔からヴィランズ好きなのです。
ファンティリュージョンって
あったの覚えていますか?
6年位で終わってしまった
夜のやつです。
それでリニューアルした
Eパレに戻ったわけですが。
パートが3つに分かれていて
真ん中がヴィランズパートで
そこが好きだったのですよ。
すごく格好良かったのだけれどな。
検索したら
関連でトラウマと出てきたので、
ヴィランズパートで
泣く子が多かったのかもしれない。
それも終了理由のひとつかも。

そんな過去のことを思い出す、
そういう時期でもあります、
星占いでは。



2022年9月10日

書いておく

これの前のやつ、
最後ごっそり消しました。
朝上げて、夜に。
見た人いるかわからないですが、
良い人そうな内容で嘘っぽかったので、
いらねぇやと思い。
好感度なんてあってもしょうがない。

私の子供の頃の情報が
少しだけ混じっていました。
見た人はそうだったんだと
思っといてください。



2022年9月8日

慎重すぎる位で丁度良い。

本来あってはならないのだけれども、
ヒューマンエラーはあるものと考えて
対策しないといけないですよね。
そのためのダブルチェックなどに
なるわけで。
世の中の多くの会社が散々やっているのは
そういうことだからですね。

今、見守りカメラとかで、
動体検知すると
録画を始める機能があるじゃないですか。
そういう動くものを検知したら
アラームがなるなり
通知がいくなりする装置を
車内に設置することは出来ないのですかね。
起動しないのがいちばんですけれど、
そうすれば最悪は避けられるのでは。

ていうか、なんで
乗るときの人数を数えていて
降りるときは数えていないの。
それ意味ないし、しかも
人数が6人で数えていないとは。
相手がやるだろうではなくて
二人共やらないと。
たまにしかやらない場合程、
慎重すぎる位でいいのです。




2022年9月5日

あれかもしれない話

迷ってずっと置いていたのを、少し修正したものになります。無駄に長いですが、内容は特にないようなんて。


さて。
そういう境遇の人間ではないですが、まあでもわからなくはないですし、そう思っている同じような人は少なからずいるのではないでしょうか。だからといって同情や擁護はしませんし、したことについてもちろん肯定もしません。

あまり幸せがどうのとは言いたくないのだけれど(「幸せ」という言葉は便利だが……)、過去が悲惨であっても、現在がある程度一般的に言われるような幸せを感じられる状況に生きられていたら、ああいうことは起こしていないだろうから、根底はそこでしょうね。あとは性格的なものもありそうです(生年月日が出ているのでちょっと見たけれど妙に納得するところがありました)。ただ、そういう境遇の人は、幸せな状況になるのはなかなか難しく、そこが問題ではある。
だから、ある程度は幸せな生活を送れている人には、理解しづらい部分はあると思います。たとえわかっているつもりでも本当の意味での理解は出来ないでしょう。

自分の思い描いているものがあって、それを自分がどうにも出来ない形で壊されたらそりゃあ恨みもするだろう。そこ行くか?    と思いました。本来の敵ではないとわかっていたようだし、社会的な周知が狙いだったのなら未遂でも目的は果たせただろうに。それだと周知は弱かったかもしれないが、それでも問題にはなっていたのじゃない?    今回のは実際、世間が勝手にどうにかしてくれている。狙い通りでしょう。どちらにしても、そういう形ではなく正面から戦うべきではあったが。
思うのだけれど、もともとは団体トップを狙うつもりだったらしいが、仮にそれが成功したとしてもそれでどうにかなるものなのだろうか、などと考えてしまった。それで崩れるとは思えないし、どうなるのが望みだったのだろう。

早い段階で距離を置くなり縁を切ってしまって、自分の人生を生きる道もあっただろうに、それはしなかったということなのか。(そうすることが非常に難しく、また出来ないのがこの境遇の人達であることはわかっています)報道から見るに家族思いだったのだろう。それが余計そういう思考にさせてしまったか。うーんそうか、中間子か。真ん中の子は、親の愛情を他の兄弟姉妹よりも受けられないことが多いので、そういうことも影響しているかもしれないですね。"母親を憎んでいる"と言っているみたいですが、それはどうだろう。それなら母親に向かうはずだけれども、それをしていないのであれば。そうすると、本人ではなく大事にしているものどうにかすることで怨みを晴らすとかならあるか。どこかで信じ続けているのだろな。
また、そういう人のお家(信者の家庭)はわかるので、学校などで疎外されたりしたことがあって、人や社会に受け入れてもらえないのを感じていると、積極的に人と関わろうという気持ちは湧きにくいでしょうね。それが更に孤立をうむわけです。必要な区別は良いけれども、社会がもっと、する必要のない自分達と違うものを区別しようとする傾向がなくなるといいのだけれども。
とはいいつつ、同じような境遇のかたは世の中にはいらっしゃいますし、そのかた達との違いは何なのだろう。Twitterで拝見しているかたでもいらっしゃいますね。違う団体ですがやはり親がそのようで、日々大変そうだけれど頑張っていらっしゃる。

ああいう団体を見ていると思うのが、そもそもの疑問として、神様仏様はお金は要らないだろうとよく思うのだよね。人間が使うものであって神様は使わない。それがわかっていると、ああいう類のものにはひっかかりにくいはずです。
ただ、お賽銭なんかは決まった金額はないと言われますし、お金というものが人間にとっての価値あるものとしてわかりやすいということかなと思う。だから、献金なんかをするのであれば(するなとは言わない)ゲームの課金や投げ銭みたいなもので、自分の身の丈にあった範囲にしましょうということです。
あと、居場所としての建物とか、神饌や供物(宗教で言い方が違うかも)には結果としてお金はかかりますし、そういう意味ではある程度は必要でしょうけれども、信者の生活が困窮する程のお金は必要ないと思うのです。話題になっている団体は基がキリスト教とのことですが、その要素どこ行った?    神はむしろ困窮者をお救いになられるのでは?    と考えると、これは神の本意ではなさそうですね。信者を陥れてどうすんの。まあ、洗脳のひとつのやり方ではあるので、こうすることで抜けられなくするのだけれども。洗脳は意外と身近にあったりするので、皆さんもお気をつけください。言ってしまえば、恋愛や結婚なんかでも近いことをされている人はいるんじゃないか?(暴言)  されている側は気づいていないだけで。


時々書きますけれど、私は宗教は否定しません。ただ、ほどほどに、ということは今回も書いておきます。
ここから少しTwitterで見たものから考えたことに書きます。

「私は無宗教です」という人は本当に気をつけてください。勧誘されると弱いかもしれません。
それなりに色々知っていて知識があっての「無宗教」と、宗教とかよくわからなくて知らないことでの「無宗教」があるわけですが、後者が危ない。日本の場合、「無宗教」と宣言する人の大半は後者だと思うのですよね。

知識をつけろと言っているわけではないです。むしろ人によってはそれも危ない。知識を付けた方が良いという意見もあるのだけれど、どうなのだろうな。あるに越したことはないが、ある程度のベースがないと危ない気がするのだよね。知っておくことで自分で回避出来るようにするってことみたいだけれど、その前にやられると思う。だから、近づかない、観察するなら距離を取る、危なかったらすぐに逃げる。
よくわからないのに興味本位で、下手に宗教関係(特にカルト)のHPとか見に行かないように。感化されますぜ。冗談ではなく。

良いこと書いてあんのよ。素晴らしい信念とかが書かれていて、読むと、そうか!    ってなりそうになります。私は、そういうのを見てアラを見つけたりすることもあるので(いい趣味してるだろ  笑)感化されないけれど、それでも耐性がなかったら難しいとは思う。
私の場合、ラジオの宗教関係の番組をハシゴしていた時期もありますし、スピリチュアル関係も実は通っています。全くどこにも何にも引っ掛からなかったのですが、見方として面白い(興味深いという意味の)なと思って聞いたり見たりしていました。しかしながら、ほんの少しの何かで、どこかにハマっていた可能性はあるわけです。こんなことをしている今だっていつどうなるかわかりません。

あと、新宗教(新興宗教)を毛嫌いしているような人も危ないです。嫌っているのなら大丈夫じゃない?  と思うかも知れませんが、そんなことないです。意外と、新宗教を嫌っているから宗教嫌いかと思いきや、神様仏様を信じていたり、また、冷静に見られれば怪しいとわかるものを信じていたりすることがあるので、そういう人は気をつけてください。日本は「無宗教という名の宗教」がありますからね。
何かをされた過去があり意味があって嫌っているのならまだ大丈夫ですが、これが特に意味のない場合が危ないです。例えば、「親が嫌っているから」とか、そういう自分の理由ではない場合。人の意見で意味もなく嫌っているので、それを信じているということだから素直な人の可能性は高い。素直なので、勧誘とかされてしまうと信じてしまいやすいです。人の言うことを信じやすいとか、からかわれやすいような人は、そういうのが近づいてきたらとにかく逃げる。関わらない。ただそういう人ってひとがいいから、怪しい人がわからなかったりするのだよね。


これは書くとお叱り受けそうだけれど、そもそも、宗教は人が作ったものではないですか。もっと言えば、神様や仏様だってそういう概念であり、人が作ったわけですよ。概念としてそこに存在させることで人の向く方向を定めている。そうやって、仲間意識や団結を作り出しているわけです。
これは有名人などにも言えることで、一部でそういう方々を神格化しているような人達も見られますし、それは宗教とさほど変わらないということです。それが故に、“推しが全て”という人はカルトにははまりにくい、ということもまた言えるみたいです。(推しが特定の宗教の神仏や教祖に変わったら別だが) 

身近で、世間からカルトと言われているような宗教を信仰している人がいるかたもいらっしゃるかもしれません。もしくは、ご本人でしたらすみません。それも有り得るから一応。
お相手のお家が、というパターンもあるだろうしな。それはもう諦めた方がいいですね。どっちの意味でも取れるので、それに自分も乗っかってしまうか、はたまた関係を断つもしくはなるべく関わらないか。後者をおすすめするが、それは後々のことを考えるとそちらの方がいいって話ね。気にしないのなら前者でもいいと思いますが。

個人的な話ですけれども、うちの辺りはなかなかの地域でね。ちょっと面白いなと思っていたりしますが、それはあまり自分に関係がないからだろうなと思う。
えっとね、パッと思い浮かべられる宗教系の施設(怪しくない寺社は除く)が4つあって、いままででチラシがポストに投函されていたことがある名前を知っているところが2〜3、名前も知らなかったところが1、投函はもっとあったかもしれない。宗教系のが入っているとワクワクしちゃうよね。とりあえず私はちゃんと見るから。それでなるほどって思う。


信仰は自由なので、それ自体は問題ではないですが、いやでもそういう人を見分けるのは難しいのですよね。そのこと以外はいたって普通だったりするから。
以前行っていたとこの美容師さんがそうでしたね。その人だけいつも予約で一杯で不思議に思っていたらそういうことだった。なぜわかったかというと、聞こえてきたお客さんとの会話でした。ああ、そこの人だったかと。
髪を切ってもらっても別に何かあるわけではないし、その後もそこには行っていました。普通なんですよね。

ストーカーをしている人とかもそんな感じですものね。
職場にいたことがあって、風の噂でストーカーなんだってさと。でも、普段そういう感じは一切なく、むしろ明るい人だったので不思議でした。その場を見たわけでもないので、私は特に態度は変えず普通に接していました。それはそれでそこは切り離せばいいので。
そんなに深く関わる人でなければ、それで問題ないです。深く関わる人だと考えた方がいい場合もありますが。



2022年8月31日

また月末になってしまった

上げそびれていたわけでは
な、ないですよ、ええ。
少し日が経っていた方がむしろいいかな、
なんてね。


おめでとうございます。
ホントあれだな。このかたもまた、
占いに当てはまってんのよね。
なんでなんだろう。

今年の夏頃、
良いことあるよ的なやつだったので、
あるかなとは思っていましたが、
本当にそうなるとは。
こういうのは思っていても書けないからね。
だもんで、後出しになるけれど。まあ、
信じる信じないはあなた次第ということで。

出ていたものはどういうものかというと、
結婚、妊娠、出産、あと良縁
とかが、よく読まれる読まれ方。
他にもありますが、
このかたの場合、お仕事を考えると
ちょうど新曲があったので、
そっちに出ているのかなとも思っていました。

たまたまなのですが、
DoAsの「Grateful Journey」を聞いたら、
久々にこのかたのとある曲を聞きたくなって
聞いたその日だったので、
少々驚きました。
そういう変な勘が働くのは
魚座のせいだろうか。(自分太陽魚座)



2022年7月24日

数字を

これは面白い。
こじつけと言われればそうではありますが、
それでは説明できない何かもあるかもしれんね。
キンキさんを好きな人はよろしければ。




動画を観て、自分の数字が気になった人は
↑の動画の概要欄にリンクも貼られていますが、
一応埋め込んでおきますのでこれで。
  

数字の意味は
他の動画で説明されていますので、
そちらをご参考になさってください。




2022年6月20日

音がなるのは魔法らしい

この方、多才で
本当すごいなぁと感心しています。 
↓の動画のは本職でもあるけれど。
何年か前の動画になります。



歌っているメンバーで色を変えていて芸が細かい。
時間かかっただろうなぁ。


ここ最近、この方とか、まあ他の方とか
以前にハマって見続けていた某所の動画を
また見てしまっています。
エンターテインメントですね。
こういうパフォーマーさん好きなのです。

某所のは貼らないですが(個人撮影のなので)、
ご本人のライブの映像で
上げていらっしゃるのがあったはずなのだけれど、
見つけられなくなってしまった。
消してしまったのかな。
なので、違う方ので貼っておきます。
こちらのクラウンさんは、
あるアーティストの年末に開催される
ライブにご出演されていたりします。
私もそこで拝見しました。



いやあ、本当すごい。面白いですよね。
でもやはり、このパフォーマンスは
お客さんと絡んでいる方が楽しいです。
これ、ご本人で音を出しています。
音響さんが出しているわけではありません。
演者が自分のタイミングで出しているのです。
仕組みをわかっていても
よくわからないです。それが技術。
これは魔法なのだそうです。
(よーく見ているとわかるようになりますが、
気にせず楽しむのがいい)

某所のは、↑の動画を見ると
おすすめに出てくるんじゃないかな。
見始めたら止まらなくなる可能性があるので、
お気をつけください。いや、自分だけか?

某所には何年も行っていないので
拝見したことがないのだけれど、
遭遇する機会なく情勢的に
休止のまま終了になってしまいました。
事情はなんとなくわかるので
仕方ないのですが、
いつかまたやってくれないですかね。
あそこの形態の事情で
今のところ難しいのだろうなとは思う。
あんまり書くとどっかから怒られそうだから
書かないけれども。



2022年5月30日

来年には

そういえば、
ジェーン・エア やりますよね。
ダディ と同じ演出家。
ダディ の中にも
この作品名は登場します。
(変わっていなければ)
この作品も
女性の自立と成長が
描かれていますしね。

以前は松竹でしたけれど、
今回は東宝。
(梅芸と東宝になっていて
梅芸の方が先に書かれているが
グループ同じだし東宝にしておく)
なぜ変わったのかは知りゃせんが、
11年ぶりということだから
不思議ではないし、
キャスト的に松竹ではないか。

私は
日本初演の時のを観たんだっけかな。
松さんすげーなと思ったのと、
舞台上に客席があったことに驚いた。
知らなかったから、
あそこでなくて良かった
と思いました。
緊張するじゃないですか。

日生はこれでしか入ったことがなくて、
二階を見ていないので、
いつか見たいと思っている。

ブログを始める前だから
感想とか残っていないや。



2022年5月29日

書いてなかったこととか

ジグザグ、武道館おめでとう!
書いていなかったので、
これだけは書いておかないと。
あと、ロッキンも決まった! おめでとう!

新しいMV上がってたから貼っておきます。
  



あと書いてないのは、あれか。
ダディの再演のことですか。

いい人選ですね。さすがです。
適役だと思います。
ジルーシャ、上白石さんなら観たい。
以前、On My Own を歌っている動画を観て、
すごいなと思いました。

この役って、
人を選ぶ役だと思っていて、
素晴らしいミュージカル俳優さんは
たくさんいらっしゃるけれど、
意外と合う人は少ないのだと思う。

やはり聡明さがあること、
ミュージカルだから
音域の関係もあるだろうけれども、
それとともに、
声質も関係していそうだなと思う。
声質だと表現が違うのだろうか。
ベースの声が透明な感じというか、
ジルーシャが、いろいろ吸収していくので、
最初から声に色が付いてしまっていると、
その面がうまく出ないのかなと。

わかり辛いかもしれませんけれど、
黄色い声とか、
声は色で表現されることもありますし、
声の色の感覚は
わかる人にはわかると思うのです。


唐突ですが、愚痴っていいですか?
作品サイトのあれは
なぜああいう形に?
いやだって、
上演、出演者、出ていたわけではないし、
普通に、ジルーシャは上白石さんです
で良くない?

先日とある作品で
少し話題になっていましたが、
その人だけの役ではないわけだから
違う人がやったっていいわけでね。

あのサイトの書き方や
メッセージコメントだと、
代わり感が強くてどうだろうなと。
決してそんなことないのに。
ご意見やお問い合わせをいただく前に
予防線を張ったみたいな感じなのか?
メッセージコメントも
制作側からこういう内容でお願いします
というようなものがあったのかもしれないが、
うーん、もう少しどうにかならなかったのか。
上白石さんがいちばん
先をしっかり見ているような感じがしました。
まあでもなんか、
占いかじっている人間からすると、
各々性格が出ている文章で興味深いですね。

ただでさえプレッシャーだと思うのよ。
そういうのなしにしてあげて
のびのびやってくれたら
その方がいいと思うのだけれどな。
まあ、そんなプレッシャーに
負けるような人ではないでしょうがね。


けれど、まだ私は行きませんぜ。
また上白石さんやってくれるだろう。
まだ始まってもいないし
終わってもいないけれどな。

皆さんもう、舞台とかライブとか
行っていますけれど、
まあ久しく行っていないからさ。
舞台、ライブ、イベント関係、
博物館も行ってない。
本当は行きたいのもあるのだけれど、
何も行けていないです。
ただ、展覧会だけは行きました。
出品していたからね。
行かなければいいのだけれど、
それもなんかあれじゃないですか。
うちの団体よくわからないのだけれど、
展覧会延期とか中止にしないのですよ。
昨年も開催しましたしね。
他の団体は
中止になっていたりしていたのですが。
まあ、実は
よくわからなくはないのだけれども、
あれだよね、本当。



あげなきゃ

月初には
文章自体は作っていたのですが、
何回か推敲していたら
上げる気が失せてしまって
月末になりました。
体調も微妙だったもので
すみません。
急いでいるわけではないから
いいのですが。
リンクつけようとするから
面倒になるんだ……。


さて。
奈々さんの innocent starter  を
聴いていて思った。
歌詞には「僕」と「君」とあるけれども、
自分に手を差し伸べている曲なのかな。
過去の自分である「君」に対して、
過去の自分からしたら
未来の自分に当たる「僕」が
助けに来ているように捉えられる。
この曲の、
「夜明けの朱い空に    虹を描いて」
という歌詞がすごいなと思った。

“過去を引き受ける”
テレビの名著を読み解く番組の中で
出てきた言葉なのですが、
なんとなくしっくりきたので書いてみる。
もちろん、そこで使われていた
元々意味とは異なる解釈です。


自分を救えるのは自分しかいないですからね。
私自身がまあ、
自分を救えているかというと
なんとも言えないのだけれども。
だからといって、他人にどうこうでもなくて。
人に深入りしないし、させないものでね。
そもそも近づいてくる人いないですね。
なんでだろ?
きっとあれか。
見た目と雰囲気がなんかあれなのだろう。

でもなんていうか、
人って、自分に都合の良いように
相手を裏切ったりするから。
やった側はそのつもりはなくても、
やられた側が裏切りだと感じれば
それは裏切りになる。
だから、最終的には自分次第。


今年も日にちが近づくと、
不思議なのだけれど
なぜかちゃんと思い出しました。

これを貼っておこう。



2022年5月1日

よくわかる動画。



こんなに違うのね。
前傾姿勢はダメだというのは
知っていたけれども、
どのような見え方になるのかは
知らなかったので、
これはやられたら悲しいですね。
背もたれに背中を付けるの大事。

以前に書いたような気がしますが、
観劇中、たしか何列か前の人が
頭を右に傾け、少しすると左に傾け、
また右に、というのを
繰り返されたことがあります。
その動きが視界に入って
気になって集中できなかった。
出来れば頭を
必要以上に動かすのもやめてほしい。
そういうことをする人は
そうそういないと思いますけれども。

気を付けているつもりですが、
無意識にやってしまっているかも
しれないので、舞台に限らず
座って見る形のライブのときも
気を付けていきたいと思います。



2022年4月12日

🎥




ニュースを見て辛くなる人は、そういうものから離れる時間を作った方がいいかもしれません。占いでの話ですが、共感しやすくなっているので無理はしないように。意識を違うものに向けるのもひとつです。芸術関係が捗る時期なので、何か作ってみたらいかがですか?    すごい作品が出来上がるかもしれない。

4月なのでね。新歓や親睦を兼ねてご飯行こうとかあるかもしれないですけれど、参加しないのがいちばんですが。付き合いもあるでしょうし、せめて換気の行き届いたお店に行きましょうね。気が緩みやすくもなっています(これも占いの話)。周りもそうしているからいい、ではなく、自分はそうしない、でいけたらいいですね。
やっと日本も空気感染を認めたみたいですし。前にちょこっと書きましたよね、とにかく換気が大事だって。それでもマスクはしてください。意味なくはないから。出来れば、KF94(わからなかったら検索してください)レベルかそれ以上のものが好ましいです。

あれがそれすると世界的に何かが大きく動きそうな気もするのですよね。いやわかんないけれど。ふと思いついたことを書きます。意味あるかはわからんです。なんだろうか。
自分にとっての正義が、相手にとっての悪であっても、自分はそれが正義だと信じているから貫く。時代によっては、それが例え悪であっても、勝てば正義になったが、現代でそれが通用するかというとどうだろう。

偏った情報に惑わされないように。様々な角度の情報を知った上で、自分なりに判断してください。現地にいる人の情報ではないものに惑わされている人が見受けられる。正直なところどれが正しいのかはわからないけれども、ただひとつ、民間人を巻き込むなということだけは言える。




2022年4月5日

かっこいい。


優しいし良い人。

酔っ払いだからと
見て見ぬ振りをして通り過ぎた人も
いたのかもしれない。
このかたが通りかかって良かった。

御自身の力を理解しているが故の
捕まえている加害者への
配慮もしているのが素晴らしい。

何回も同じことを
聞かれているのでしょうが、
どこの取材に対しても丁寧に答え、
また再現されていて
真面目な人なのだと思う。

パンケーキどこのなのか
と思っていたが、
マックのなのね。
それでパイも。


追記:埋め込んでいた動画が
   非公開になっていたので
   違う動画に変えました。



2022年4月4日

余談なのです。

で、占い関係の話なので、
興味のない人は読まなくて大丈夫です。 

学校の記憶が
ほぼない時期があると書きましたよね。
あのときってまあ、正直
とにかく日々をやり過ごしていたのです。
でね、この時期がどうだったのか
見てみたのです。
そしたらですよ、
面白いことに見事に出ていましてね。

そういう時期でした。
その2年がちょうどそこに当っている。
しかもキツく出やすい時期に
わりとちゃんとハマっているのが
面白い。
私の場合は、年齢もありますが、
大変な方に出てしまったけれども、
人によっては、
それまでの成果が認められるとか、
機が熟すとか、
そういう形で出ることもあります。

過去を見ているわけだから、
こじつけで見ているのにね。
不思議だなぁと思います。
なんでそうなるのだろう。
どういうこと?    って思います。
まあ、そういうことってことですよね。

これに関しては、
人によって変わるのでいつとは言えません。
いや、言おうと思えば言えるのだけれども、
ひとつひとつ見ていくのが
面倒なので省きます。
そんなに難しいことではないので、
ちょっとやればわかると思います。

ちなみに、
29歳前後で来るやつとはもちろん別。
そういうのもあったりするのです。
こちらは転機と言われていますね。
なかなかキツイらしいです。
自分を見つめ直したり、
今後を考えるような時期ですかね。
私は実は、そうだったっけ?
という感じで、覚えていないというか、
あったのかな。いまいち記憶が。




2022年4月3日

新年度になりましたね。

新年度です。3月中に上げるつもりが長くなってしまって3月終わりましたね。ついでにあれもこれもと、いずれ何かの機会に書こうと考えていたことなどをちょこちょこと。


さて。教職員の異動が新聞でわかるじゃないですか。毎年、なんとなく目を通すのですが、今年もながめていたら見覚えのあるお名前がありました。
名字が珍しいので、たぶんあの先生だと思うのだけれど、まだ先生やっているんだなぁと思ったところ、よく見たら、校長の新任のところではありませんか!    4月から校長先生ですか。いやあすごい。うるさく言う先生ではなく、見守っているような先生だったので、姿が想像できます。

中学の時の担任でした。記憶に残っていることがあって、掃除の時間、班の他の人がやらなかったのでいつも一人でやっていたのですが、卒業が近いある日、「これからは、頑張りは評価されるから」と言われたことを覚えています。そうであったらそれは本当に素晴らしいですが、実際はそんなことはありませんでした。努力が実を結ぶ形で評価される人は、極一部だと思うのです。それは頑張り度合いが人によっても違いますし、報われる人というのはそれだけのことをしているわけですが、とはいっても世知辛いとも感じます。
自分は頑張っていないので評価はされなくて当然だけれども、なぜずっと頑張っているあの人があんなに苦労をしているのだろうと思うことはよくある。憎まれっ子世にはばかるとはよく言ったもので、そういう人がのうのうと甘い汁を吸っていたりするわけです。

掃除を一人でしていたのは気持ち的には楽だったので、わりと楽しくやっていました。頑張ってやっていた感覚はないのですが、頑張っているように見えたのでしょうかね。クラスに馴染めなかったので、一人で何かをしていられる掃除の時間はむしろ良かったのです。
そんなわけで学生時代の思い出はあまりないです。中学2、3年の記憶はほぼない。数年経って机周りの片付けをしていたら、林間学校の時の写真が出てきました。普通であれば写真を見たら、あんなことあったなー、とか思い出しますよね。見たのですけれど、全く記憶が蘇らず、何の時のだろうと考えて、最終的には思い出さなすぎて笑いましたよ。数年前なのに記憶がないってどういうこと?    と思いましたが、思い出さないものは仕方ない。思い出がないのだもの。

学校には馴染めず孤立していましたけれど、軽い嫌がらせのようなことはあっても、あからさまなイジメはなかったのが幸いでした。恐らく、目立つ行為や反応がなかったので、イジメようがなかったのだと思います。
特に楽しいこともなかったのですが、休むことなくちゃんと行きました。学校に来ない生徒もいましたけれども、なんとなく休んだら負けなような気がしたのと、高校もそのままの考えでしたが、今は踏み台でしかないという気概でやり過ごしました。だから、卒業式で泣いたことはなかったですね。泣けた人は良い学生生活を送れていたという証拠です、羨ましい。

誰かや何かを恨んだりすることはなかったです。ずっと自分が悪いと思っていて(ほとんど喋らなかったので)、どちらかというと申し訳ないなと思っていました。なぜか学校(小中高)は事ある毎にグループや班を作りたがる。孤立していると、余るわけです。どこかがそれを引き受けなければならない。グループ決めがあると本当に憂鬱でした。自分さえいなければ全てうまくまとまるのにとよく思っていました。
でも、この時期があったから良かったのかなと思うこともあって、順調に楽しく学生生活を送れていたら、嫌な人間になっていたのではないかと後に思ったのですよね。元々性格が良いわけではないから、それが助長された可能性がある。だからといって性格が良くなったというわけではなく、そう考えると、抑制はされたのではないかと思います。


高校はそれでも3年間誰かしらかまってくれる人がいたのでまだ良かったのですが、見た目についての陰口は言われていましたね。そりゃあ知っていますよ。そういうのはわかるもんですぜ。
まあ、高校2、3年の時は、わたくし成績が良かったのでね。そういうのももしかしたらあったかもしれんね。クラスで1桁には常に入っていましたから。現文、現社、政経、他もあったと思いますけれど、科目で何回か1番とりましたね。ちょっと自慢してみました。でもね、学校自体のレベルがあれだから、そこを考慮するとそんなにすごいことではないので、たかが知れています。

そういえば、皆さんは高校時代、文系理系にわかれましたか?    どうも世間的にはそういうものらしいのですが、行っていた高校、わかれていなかったのですよね。普通科ですけれど。なので、自分がどっちなのかが、はっきりはしていないのです。取っていた科目的に一応、文系だったと思いますが。
決まっている授業以外はこの中から何を取るみたいなシステムで、そうすると必然的に他のクラスの人と一緒の授業とかが何個かありましたね。


大学は気楽で良かったです。推薦で入っているのですが、元々は推薦のつもりではなくて、一般で受けるつもりでした。そのつもりだったのですけれど、担任(英語教師)に「英語が厳しいからレベルを落とせ」と言われ、少し落としたところに見学に行ったのですが、何か違うとなりました。
たしかに英語が壊滅的にダメでどうにもならなく、どうしたものかと考えていたとき閃いたのです。そういえば推薦がいけるのではないかと。評定平均足りているはずだし、まだ間に合う。担任に「推薦とか、出来ませんかね?」と訊いて、推薦をどうにかしてもらいました。試験は面接と1科目の筆記で、小論文はないところだったので助かりました。作文の出来ない私には小論文は厳しいのです。
試験受けて、全く落ちる気がしなくて、結果受かったのですが、合格報告を担任にしたらえらい驚かれて、“絶対受かると思っていなかっただろ” と心の中で思いましたよ、ええ。

大学は、どこがいいかなーと見ていたときに最初に目に留まったのは東洋大学でした。でも偏差値的に無理だなと諦めたのですよね。後に、ここにしようと思わなくて良かったと思いました。偶然にはなりますが、なんとなくあれじゃないですか。行った大学で良かったのだと思います。学生の人数が少ないところだったので、私には合っていました。そんなに有名ではないけれど歴史はある学校です。〜塾から始まっているので、学ぶところとしては古い。創立145年ですって。同じ位の学校は意外とあるので、そんなにすごい話でもないのですがね。
昔にちらっと聞いたことがありますが、ホント偏差値高くなったと思う。行ってた学部は日東駒専より上とか書かれているんだけど、ビックリ。当時もそうだったらいいけれどな、違うだろうな。

ゼミは、本当は先生が提示した条件には当てはまっていなかったのですけれど、入っちゃったのですよね。条件は酒を飲む人。先生の講義を受けていたわけでもなく、直感で決めてしまいました。他のゼミの人達から、変わり者の集まりだと言われているというのを知って、妙に納得をしてしまったようなメンバーでしたね。居心地は悪くなかったので、そういうことなのかもしれない。
毎週のように飲み会が開催され、そして私は飲めもしないし喋りもしないのに誘われるままによく参加していました。そうやって、人の中に入りに行くようになったことにより色々わかったことがあって、それがその後に役立ちました。人見知りではあるのだけれど、ある程度の年齢になって “人見知りだから” で済ませられるとは思えなくて、だからここでそういう経験を出来たことで、その後それなりになんとかなるようになったのは良かったですよ、本当。面白味のかけらもない人間を、律儀に誘い続けてくれたことに感謝ですね。
とはいいつつ、人との関わり方が本当にわからなくて、いまだに難しいと感じています。
とりあえずわかったことは、話さなくても話を聴いている姿勢は大事で、そうしていれば話してくれる人もいるのだということですかね。

話がだいぶ変わってしまいましたが、総じて、「青春」という謎の何かが来てくれたことがないのですけれど、どこ行ったのか知りませんか?




2022年3月21日

それもひとつか

世の中ってのは大体少数を切り捨てていくスタイルなのでね。それは仕方ないのでいいですけれど、ただ、ああいうことはしっかりとした方がいいと思いますがね。
問い合わせてどうにかなるのかもわからんし、クレーマーみたいになるのも嫌なので、もういいかなと。
きっと、やめるいい機会なのだろう。


ちょうど、あのラジオ番組が今年4月で20周年ですかね。
もちろん、それ以前から存じ上げてはいましたし、なんなら、やっていた番組も聞いていました。他に趣味がなくてラジオをずっと聞いていたから、それでなだけなので、印象は正直あまりなかったです。若い姉さんが頑張っているな位だったかな。
あのラジオで、当時はハガキ送って名前読んで貰って、自分単純だから付いていこうと思ったのを覚えていますが、その頃はまだひっそりとしていました。舞台を観に行きだしてから本格的にという感じでしたので、それまで数年間はひっそりと。
その頃のようにひっそりとするのも、いっそのこと、その前の状態に戻ってしまうのも、極端かもしれないが、それもいいか。その当時に戻るだけです。難しいことは何もない。それもひとつの選択肢として、しばらく考えてみます。応援している人が少ないと悩むところだけれども、そんなことないものね。情報はTwitterで誰かがつぶやくと思うので、嫌でも目に入るでしょうよ。
今日は春分です。切り替えにはちょうどいい日。新たな気持ちでスタートを切るには好日です。

そうすると、ここに注いでいたものをどこに注ぐかなんだけれどもどうしようか。今推しと言える人がいないんだな。いやあの薄々お気付きでしょうが、小松さんももう追っていないからさ。
私のあのTwitterアカウント、基本、リストを見ているから、ちょっとホームに行ったときにつぶやいていたら見ることはあるけれど、それ以外は目に入らないわけです。前に少し書いたのはこのことでもありました。
年明けだったかな(曖昧)、ホームに行った時に小松さんがたまたまつぶやいていて目に入ったのですが、「インスタ」の文字があって、インスタやってんの?!    ってなりました。そんなレベルですよ。
実は、'20年の3月位だったか、ふと、そろそろもういいかと思ったのですね。だから、5月のもダメージを受けませんでした。それがね、いつからかな、なんか違うなと感じるようになっていて、でも、惰性だったのかもしれないけれど、追ってはいたのです。それもやめたのがその位の時。

たぶんですが、その理由も説明が付きそうな感じもあります。
Twitterで見た話で、「不倫をしていたが、相手が離婚をすると相手に対しての興味がなくなる人がいる。それは、相手に流れているパートナーのエネルギーも含めてその人が好きだったのではないか」というような内容。
でね、これがもしそうだとすると、逆もあるのではないかと思うわけです。
その人が元々持っている雰囲気なり本質で好きだった場合、他の人のそういうものがそこに入ってきたら"違う"となるのではないか。それが、好きな系統であればそんなこともないのかもしれないが、苦手な系統であれば違和感があっても不思議ではない。
実際にそうだったのかはわかりませんが、何か違うと感じていたのは事実なので、この説は有り得ます。ええ。うん、まあまあまあまあ。"私にとっては"、だから。ここ大事な。自分にとっては微妙でも、他の人にはそんなことはなかったりするのが相性というのにはあるわけでですね。

坂本さんに対してはどうだったっけかね。あれでザックリ言うと、ひとりで問題ない人だからな。あまり影響を受けていないのかもね。あれは関係なく思っていたことですが、自分がこうあるというのが前提で、その結果の先に他人があるという感じがしていて、表現も自分のためだろうし、でも、それで良くて、彼女の場合そうあった方がいい。変に他人優先にすると、バランスを崩しそう。これは人によると思います。他人優先の方が、結果自分がいい方向に向く人もいる。自分があることで他人が見える人と、他人がいることで自分が見える人がいるように思う。
そうだな、もうあれかもしれないしこれ書いておきます。なるべく表現は続けた方がいいです。可能ならば人前に出るようなこともされた方がいい。それをしなくなると、結構キツくなると思う。表現をすることでエネルギー消費しているところがあるので、それをやめるとそれがどこに行くかということでね。違う方向に向かうことになるかもしれない。それが他の何かであればいいけれど、そうでなかった場合。それは出来れば避けてほしい。そういう人がいたから気になって。ここに書いても意味ないかもしれないけれど、サイトから送ることも私にはもう出来ないですしね。




2022年3月17日

仕方ないが・・・

坂本さんの携帯サイトが
3G端末を切るのは仕方ないけれど、
せめてメールで
サービス終了のお知らせはして。
なんのお知らせも来ていないと思う。
【重要】で来ていても良いはずでは?
サイト上でしていたのかもしれませんが、
ブログはメールで読めたので、
ほとんどサイトに行きませんでした。
3月頭に見に行ってはいるけれど、
素通りしたんだな。
それでなぜ気付いたかというと
今年あれ来ないなと不思議に思って
今日見に行ったから。

使っている人間は
ほとんどいなかったのだろう
とは思いますが、ちょっと……です。
知らない間に無料期間に移行され、
登録していない状態にされていて、
引き継ぎを考えていても
もう出来ない。それなら
何のための無料期間なのか謎だし。
上に書きましたが、3月頭までは
少なくとも大丈夫だったから、
10日とかで切り替わったか。
メールも9日までだ。
そもそも、今月末で
3G端末が終わるのはauだけで、
他はまだ使えるのですけれどね。

また登録するとなると
会員継続日数とかがリセットだし、
どうしようかな。
こんな仕打ちを受けたから
もういいかという気持ちになっている。
恐らく携帯サイト
最初から入っていたと思うのですがね。
哀しいですね。
坂本さんは悪くないけれど、
でもやっぱり今後、 自分の中で、
このことが引っ掛かりとして
残ることになると思う。




2022年3月16日

そういう事ではなかった。

おっと。
どうやらそれにはきっかけがあったようだ。
その事を知らなかったので、
書かれている事をそのまま受け取ったから、
あのような形になった。
経緯を知ると、印象はまた変わる。 
あれが逆なのか?
ということは、あの人は
振り回されているわけではなくて、
同じように自己中心的な人ではないか?
それなら、
諦めている=切っている
ということが可能性としてあっても
なんら不思議なことはない。

どちらにしても、あの二人の関係性は
「素敵」だとは思えない。
どこにそう感じるのだろう。



2022年3月6日

そういうことではない気がする

はっきりとは書かないけれど、
それにしてもあれは年々あれになっていきますね。
申し訳ないですが、毎年疑問に思ったりします。
最初の頃から意味がないと言われていましたし、
今更という感じですか。
ああいうものはどこのでも
色んな事情が絡んでくると思うので、
仕方ないですけれどね。
うちの所属団体のそれのやつだって、
本当の実力だけで
決まっているわけではないらしいし、
色んな事情であれがそれしたりする。
じゃなきゃ私は何にも引っかからんだろうよ。
だから正直なところ、
素直に喜べていなかった部分があるのだよね。
この話は怖いからこの位にして、さて。


ある芸能人の方の記事(コラムなのかな)
を読んで、その記事に対して
良い反応がそこには付けられていて、
えっ??   なんで??   と思っていました。
芸能人夫婦の妻の方が書いたもので、
内容は、夫に対しての考え方と
自分がどう変わったかみたいなことだったと思う。
たまたま違うことで覗き見した人が、
この記事を取り上げていて、
自分の違和感の理由がわかった。

反応としては、「素敵」や「関係性が好き」など、
そういう肯定的なものでした。
自分にはそれはちょっと理解出来なくて、
どこが??   という感じでした。
あれは、夫が自己中心的
(身勝手なのかもしれないが)な人で、
妻がそれに振り回されているようにしか
受け取れなかった。
それのどこが素敵なのかがわからない。

肯定的な反応の人には、
理解のある妻に映っているのだろう。 
書いているその妻本人も
そういう自分に酔っている部分があるのだろうか。
それとも、世の中的には、
そういう妻でいないといけない風潮でもあるのか。

相手の考えを尊重している
という意味では理解はしているのかもしれない。
しかしながら、文章から感じられたのは
諦めているというような印象でした。
それは理解とは違いますね。
理解をするということは受け入れる
ということでもあるように思います。
"諦める"と"受け入れる"は違うと思うのですよ。
"諦める"はそこで切っていることになるのでは。

その話が肯定的に(一部の人にだとしても)
受け入れられているということは、
それは普通のことだという認識なのだろうか。
それでいいのですかね?



2022年3月5日

それでそういう


貼っておこう。
あとこれも。
カッコイイので興味のある方はどうぞ。  


謎に思っていたことが少し解けた。



2022年2月23日

うう

だるいな。
消化不良気味でもあるので、
アレルギー出てるっぽいですね。
食物アレルギーは面倒。
出るだろうなと思ってはいました。
この位ならなんとかなる。
とはいっても、
以前に息苦しくなるのを経験しているので、
気をつけないととは思っています。
まあその時はその時で
それでもいいかなとも思っていたり。
あれ?
調子悪くなってきてる気がする。
うーん、これ打っている場合じゃないか。
早めに終わらそう。

これの前の記事に書いた人について、
占ってみたというのがTLであったのですが、
どうやら元々そういう人みたいです。
ていうか生年月日出ているのね。
元々がそうでも、
環境によっても変わるので
本人次第なところがある。 



2022年2月19日

気を付けろ

会話や話し言葉で、対象(物事、人物)に対して、批判的もしくは差別的、侮辱的な言葉は、それを普段思っている、言っている、親(ちか)しい誰かがそう言っていて聞いている、などをしていないと基本的には出てこないです。
そういう文字列を見聞きした時は、この人は本心ではそう思っているのだなと受け取りますね。冗談で言っているつもりでも、受け手によっては真意が伝わらないことがあるので気を付けないといけない。まあ、ほぼほぼ冗談ではなく本心でしょうけれどね。その人の中で、その表現に違和感があれば使わないはず。文字列に疑問を持たないということは、そういうことになりますね。
ただ、今回の件の場合は、その言葉が割と普通に使われるようになっていた背景もある。軽く扱われるようになっていたので、重い言葉として使ったわけではないのだと推察されます。内輪の言葉なのでしょうね。公の場だということの認識が甘かったのだろう。それに、いくらでも他の言い方があっただろうにと思ってしまいます。例えば、「私の視界には入らない」でも意味は同じようなものだし、問題があるかもしれないけれどここまでにはならないでしょう。
そういえば、とある方もあれな言葉を使ったことがありましたけれど、“ああ、この人は普段そういう風に客のこと言って(思って)いるんだな” と思いました。あの時、大多数の客は喜んでいましたが、私はちょっと、“ん?” となりましたから。人に対して使う言葉とはいえ、蔑む言葉ですよ。それを疑問なく使うってどういうことなのでしょうね。
元々そういう人なのかもしれませんし、そうではないかもしれない。それはわからないけれど、後者の場合、こういうのは環境によるところが大きいこともあるので、近くにそういう人がいることで影響を受けてしまった可能性もあります。素直な人程影響を受けやすく、そして素直が故に口から出てしまうという。
良い風(かぜ)に乗せてくれる人もいれば、勢いを殺してしまう人もいる。関わる人によって、方向性というのは変わってしまうのかもしれませんね。それは見方によっては峻酷でもあるか。




2022年1月24日

今年を

今年を見ている動画でも貼ってみます。
視覚でわかるので、詳しくない人でも
わかりやすいのではないですかね。

 


私はここのチャンネルをよく見ています。
エンタメとしてやられているので、
初心者でも見やすいのです。
他にも今年を見ている動画があるので
ご興味がございましたら。
皆さんの今年はどうですかね。




今年、特に前半は、水害の方も気になりまして、前の記事で感染4月注意と書きましたが、感染ではなく、他で出る可能性もあるのです。あくまで可能性の話なので心配はしなくていいです。
個人で言えば良い面もあって、この時期は、何か表現をしてみるといいと思いますよ。芸術関係が捗る時期です。あとは、お酒も捗るので、飲酒好きな人は酒量注意です。
占いで見る災害系は、どこか1点というより、複合しているのでしょうね。この前の噴火も、噴火を表すというのがそこにはあるのだけれど、それだけではなくて、しっかり出ているのがあります。なるほど、確かにこれで海底火山と読めますね。


今年は、うお座が良い年と言われているのですね。今までの苦労が報われるようなことがあるかもしれないですし、来年になって振り返ってみたときに、そんなに良い事がなかったように思えたとしても、大変なことがなければ、それがその人にとっての良い事かもしれません。特に前半、後半は最後2か月ぐらいです。間、牡羊座に移動します。この時期、そして、来年は牡羊座が所謂良い年です。牡羊座の方々は、今年前半で余計なものは削ぎ落としておくと、良い時期が迎えられるのではないですかね。世の中的には、災害系が注意でもあります。(書いておいてなんですが毎年なんか起こっているのでこの年がどうのではないのではと元も子もないことを思ったりしますがいやでも実際のところあれが)

私はむしろ戦々恐々としています。わたくし、うお座なのです。真面目に生きてないからさ。しっぺ返し食らうんじゃないかと思っていまして、何か起こるんじゃないかと。
あの、うお座方々、基本は良いほうだと思うので、怖がらなくて大丈夫ですよ。そうじゃないほうを引くのは稀だと思いますし、それに、その時は大変でも結果は良くなるので、前向きに捉えれば、この時期に受けてしまうというのもありです。占いに足を突っ込んでしまった人間としては、自分がいちばん良いサンプルなので、何か起こってもそれはそれで面白い。


2022年1月13日

ガジガジ

では。
需要はないと思いますが、占いを齧った理由を書きます。

占いを気になって見てしまうときというのは、悩みがあったり、迷いがあるときだと思います。順調なときは、そんなことすら気にならないですし、頼ろうとも思わないものです。
私自身、迷っているときに見たりしていたのですが、当っていないと感じることばかりでした。そんなわけで、ずっと当たらないなぁと思っていた人間でして、そのため、元々占いが大好きな人間ではありません。

占いは統計学だ、などと言われていることもあります。以前の私の認識では、統計学と同じ手法を使っている、というものをどこかで見て、それで納得していました。占いは統計学だ、はどうも違うようです。私自身、齧ったことで、統計学というには無理がある、という認識になりました。占いを統計学とするには、データが少ない、偏っている、など、不充分であるようです。


さて、本題です。
なぜ、そんなに当たらないのか疑問に思い、当たらない理由を知りたくなり、それなら自分でやればいいのではないか、というのが理由のひとつです。
もうひとつは、人の何かを感じ取ってしまうことがあり(嫌な感じとか、本当はこんな人な気がするなど)、そういう、自分の人を見る目が正しいのかどうかが、ある程度は判るのではないか、ということでした。

当たらない理由はわかりました。人を見る目も、どうやら間違っていなさそうです。実際のところはわからないので、断言は出来ませんが。そうすると、あの人とかあの人に持った感覚は、可能性としてなくはないということがわかりました。基本的には、自分の感覚を確認するために使っているので、意外だと思うことは少ないかもしれません。自分を知りたい人は、少しやってみると面白いかもしれないですね。考えることや分析が好きだとなおいいです。ただ、そういう頭になってしまうので、人の特徴のある言動に出合うと分析を始めてしまいやすいのが難点です。困ったものですね。


前の記事で、占いで出ているからどうのこうの、と書きましたが、その人の基本的な部分は書いていないのです。性格とか、そういうもの。「もともとは別に強い人でもない」は私が持っている印象でして、占いでのものではありません。占いだとどうなんだろうね。まあ勝手に見ていますのでね。こういうところに書くことについては議論がなされていたりすることでもありまして。あのくらいであれば、その人の本質ではなく、あくまでひとつの可能性でしかないので。私が誰かに対して悪意を持って書くことがあれば、その誰かの詳細は晒すかもしれないけれど。
宿命(生まれ持ったもの)は変えられないですが、運命は変えられます。捉え方ひとつでも変わるので、選択肢を増やすことが出来れば、他を選ぶ、という可能性も広がるわけです。それは(そうすべきだと思い込んでいる)何かを選ばない、ということでもあります。

せっかくだから、今年のことでも。ちゃんとしたのは、様々なところで書いてくださっているのが沢山あるので、そちらをご覧ください。ちょっと今止まっているのですけれど、8月途中まで1日ずつ見て手帳に書いていたのですが、気になったのが、バレンタイン頃。恋愛にはいい時期が重なっています。男女関係なく、気になる人がいるのなら告白してみたらいいのではないですかね。そして感染症、4月辺り要注意。(これが外れて、このまま上手く抑え込んでほしいところです。これは占いでの話で、世の中の現状での予想は、2月がピークと言われています) 8月がなんか書くことが多くて、もうよくわからなくなったから止まっているのです。あと4か月強ぐらい……。
今年は占いを目にする機会が増えそうです。もともと現在のように、先の見えない不安が世の中に蔓延すると、目に見えないものが流行ると言われています。占い、宗教、スピリチュアルなど。(流行るということは詐欺も増えるので、皆様、お気を付けください。とはいっても、占いってずっと流行っているらしいけどな!) 実際、テレビで占いの番組がやっていたりしますね。今月からレギュラーになったのもあるみたいですし。


占いは、楽しむものです。信じすぎず、ハマりすぎない程度に。新宗教、スピリチュアルもそうですが、ハマりすぎると、人間関係、生活などを破綻しかねないので、ほどほどになさってください。スピリチュアルも上手く使ったらいいのです。前向きな気持ちになれたりするわけですよね。人に迷惑をかけなければいいのでは。宗教でもそう言えまして、信仰心のあつい人ほど、じさつ率が下がると言われています。信心にはそういう側面がありますし、新宗教が孤独しを防止していたり(集まりが定期的にあるので)、こちらも使い方次第ですね。

時々ゲームの配信を見ていた人が、たまたま雑談配信をしていたので見たら、ちょうど占いの話をしていて、"占いは信じない"という話をされていたのです。こうでこうでこうだから、などと、信じない理由を語られていました。過去を当てられても、という話とか、(鑑定で)当っていないものは当っていないという顔をする、みたいな話とか。宝くじ当てろ、というようなコメントに同調していたりしていました。過去を当てられたのであれば、それを現在に活かせばいい話であって、それ自体が無駄ではないのですがね。
こういう風に占いを否定する人の中に、謎だなと思う人がいることがあります。占いは信じないのに、霊的なものは信じている人。この人もそうだったのですけれど、あれはなんでなのだろう。他の配信者のかたでもいて、なんで?  と。そういうもの全般信じないのならわかるのだけれども。ということは、この人、このまま占いは信じないほうがいいなと。たぶん、ハマりやすい人だと。霊的なものは信じているということは、基本素直だと思うのですよ。そういう人は、疑っているぐらいでちょうどいいです。
ちなみに、宝くじは占ってはいけないそうです。そりゃあそうですね。ギャンブル系もアウトでしょう。お金関係なら、金融占星術と呼ばれるものがあるので、そちらをやったらいいのではないかな。投資をされているかたには役立つものです。天体の運行で相場がわかるらしい。御自身の投資の知識も必要になるので、合わせて使う形になりますね。


上にごちゃごちゃ書いていますが、この↓動画のここからを見ていただければ。面白いなと。ホントそうだと思います。




最後に。"占いをやっていると言うと、「占い師になるの?」と聞かれる"ことがよくあるらしいので書きますが、占い師というお仕事は、名乗るのは勝手なので簡単になれるにはなれるのかもしれませんが、続けるのは難しいお仕事でもあります。最近は、対面鑑定をされている占い師さんというのは、カウンセラーの役割もしているそうなので、大変なご職業ですよ。とにかく勉強家な方々の印象です。占いだけでなく、様々な知識も豊富で、常に流行も把握されていますしね。だから、そんな軽い気持ちで言うものではないです。大変失礼だと思います。
私の場合で言えば、書道をやっていると言って、「書道家になるの?」と聞いてくる人はまずいませんよ。それは、基本的に趣味でやっているとわかっているから聞かないのだと思います。占いも、趣味でやっていたっていいわけで、なぜ、占いやってる=占い師    に繋げてしまうのか。間をすっ飛ばしすぎなのですよ。


2022年1月3日

続きみたいななにか。

さて。占いを齧った理由は別で書きますので、これは続きみたいなものです。
前提として、とりあえずここでは、占いはあくまでエンターテインメントであり、そういうこともあるかもね程度の感覚で楽しむもの、という認識でよろしくお願いします。

時折おかしなことを書いていたのはこれのせいでした。ちょっと書きたくなっちゃって。
でもですね、頭悪いし、真面目じゃないから、まー覚えらんない。ので、細かいことはわからんです。また、あれがこうなってどう、などの詳細は書きません。面倒だからというわけではないです。
あと大事なこと。見方や立場、環境によっても変わるので、"良い悪い"、"吉凶"、という表現をしていても、ただ分類をしているだけですので、それらに良い悪いはありません。また占いは、当たる当たらないではなく、知ることによって、自分を生きやすくするためのツールです。うまく使うかは自分次第になります。


まず、なぜ8割そう思ったかというと、大まかに時期がわかりますよね。その頃って、あのかたにとって、ちょうど、そういうタイミングに当たるのです。ご結婚のときも占いに当てはめることが出来ますね。こういうのを見ると、面白いなって思います。ただ、こういうことは他でもそう言えたりしますし、それが来たから必ずそうなる、というわけではありません。
あと、ちょっと気になることがあって、出ているってだけなので、そうでなければいいのですが。精神的に不安定になりやすい時期がちょいちょい来ていそうなんだけれども、大丈夫だろうかね。そういう時期だからしょうがないと思えると、少しは楽になるのではなかろうか。ただでさえ今不安定になりやすいと思うのですよ。なので、冗談抜きに無理しないでほしいですね。
これは占い関係ないですが、昨年辺りから気になってはいたのです。発言や文章が若干、参っているというか、気弱な印象がするときがありました。もともとは別に強い人でもないですが、なんていうんでしょうかね、言葉の持つエネルギーというか。
また、御本人は自覚はないのでしょうが、ある文を読んでその一文が、うーん・・・そうか、そう捉えていてそう考えているのか、と。変わっていてもいいはずなのに、そう捉えるままなことが、それもなんか哀しいなぁと勝手ながら思ってしまいました。周りに癒してくれるような人はいないのでしょうかね。そういう人がいると、また違うと思うのですけれども。
そうですね、言えることはとにかく、御自身を大事にされたほうがいい、ということです。その辺は心配ですね。

そういえば、12月の中旬ぐらいに、『刺繍』買ったのですよ。某アニメ店(2軒)になくて、"今 声優 写真集とか本とかこんなに出してんだな!"、と思いながら、3軒目の本屋で見つけました。そこは、一人旅のあのエッセイを、旅行エッセイコーナーに置いてくれていたところでしてね。それはいいんだけれど、『刺繍』の中で、「書くことだけは続けたい」的なことが書かれていましたが、"?!!  なんかわかってんのかな?"、と思いました。というのも、これも出ていただけですが、今後、言葉を扱うようなことが増えてくるときが来ると思うので、叶うんじゃないですかね。何歳ぐらいにとかは、それは知ってしまったら面白くないと思うので。


最後に、ここで書いたことは、点しか見ていません。これを、線にするのがまず自分には難しいのです。どうにか、せめてそのくらいまでは出来るようになりたいですね。本当は、線を全体的に繋げて、絵として浮かび上がらせるようになれると、もっと面白いのだと思います。




2022年1月2日

壬寅

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

(フリーの写真をもらってきました)


とりあえず今のところ、
更新ペースは
ほぼ変わらないと思います。
月1は上げたい。


これの前に上げたやつ、
変わってない? と思われたかた、
正解です!
それを見たかたがいたら、
ごめんなさいなのですが、一部、
文調がキツイかなと感じたので、
直すの面倒だからいいやと
削除しました。
半日以上は置いていたので、
いらっしゃるかもしれませんね。
切っても違和感はないので
問題ないです。

そこが難しいところでしてね。
内面の自分としては
それでいいと思っているのですが、
外面の自分が
やっぱり良くないかなぁと
思ってしまうのです。
だからいつも
そこのいい塩梅を取るのに
時間がかかったりします。
もう最初から、
これで行くと決めて
書いているものは、
そういうのは起こりにくいです。

そんなわけで、
これの前のやつを上げるとき、
もう一つのも
上げるつもりだったのですが、
迷ってしまいました。
こちらは
文調がキツイわけではなく、
違うところで
まったがかかっています。