2023年5月6日

よくわからない

占いの話になるので、興味のある方だけどうぞ。


先日冥王星逆行がトレンドにあって、普通に占い用語がTwitterのトレンドに出てくる昨今ですが、あれはなんでそんなことに? いつもびっくりするのだけれども。この間も水星逆行がありましたし。一般に浸透しているわけはないと思うから、なぜなのか謎。
一応説明しますが、こういう占いでの天体の逆行というのは実際に天体が逆行しているわけではなく、見かけ上のものです。大丈夫だと思いますけれど、念の為。地球を中心にして見ている為こういうことが起こります。ちなみに、太陽を中心にして見るやり方もありますが、一般的なのは地球中心のやり方になります。
冥王星はよく逆行しているので珍しいことではないのですけれど、今回トレンドになっていたのはサイン(星座)またぎなことだからですかね。3月にみずがめ座に入ったのですが、またやぎ座に戻るのでそれででしょうか。
今回の冥王星逆行についてご興味のある方は、こちらの動画で解説してくださっているので置いておきます。




さて、これから書く "〇〇座さんはこうである" というものは占いでの話で、"〇〇座" に該当する全ての人がそうであると断言しているものではありません。そもそも根拠がないのでね。(私自身が、うお座だけれど優しくないですし)

いつだったか、とある方が「お嫁さんが理解できない」というお話をされていたのです。
その方の誕生日は知っていたので、「理解できない」ということは、えっと、お嫁さんは  かに座  か  おとめ座  か?  と(わかる方にはこれでその方が何座かはわかりますね)そのときに思いました。その後に、お嫁さんとのエピソードも話されていて、そのお話から、これは  おとめ座  ではなさそうだと思ったので、かに座  かなと考えました。とはいっても、そんなにうまく占いに当てはまるわけはないだろうと思ったのですけれど、それがまさに  かに座  で、どういうこと?  と。占いはホントに不思議。
今回の場合、お二方とも太陽と月が同じ星座のようなので、その為わかりやすくなっているのかもしれないですね。太陽がそれでも月が違えばそんなにわかりやすく出ないと思うのですよ。ちなみにですが、知識不足なのでわかる範囲でですけれど、他を見てみると相性が悪いわけではなさそうです。どうやらぶつかるとかそれ以前の問題らしいので、ちょっとのきっかけがあれば変わるかもしれませんね。

それで、おとめ座   ではないと考えた理由は、聞いたお話から頼ってはいるみたいなので、だとすると、おとめ座さんならもっとうまくやるだろうと思ったのですよね。
自分にとって利するところがあって必要ならば、表向きだとしても割り切ってうまくやると思うのです。業務的に優しく出来る、というのを何かで見たか聞いたかしましたね。こういうスキルは大事だったりするので、決して悪印象として書いているわけではありません。再度書きますが、これは占いでは、の話です。
そのお嫁さんは  かに座  だったわけですが、かに座さんの場合、その人のテリトリー内に入れてもらえていれば、そういう(ここには書きませんが)反応にはならないと思うので、おそらくシャッターを下ろされているっぽいですね。もともと開けてくれていないか、何らかのタイミングで下ろされたか。
かに座さんは自分のテリトリーに入れた人とそうでない人で態度を変えることがあります。相手によって区別をするところがあるのでしょう。太陽かに座よりも月かに座のほうがその傾向は強いような印象。プライベートは月が表すので、この場合は当然でしょうか。


かに座さんがどうこうという話ではなく、ただの私の考えですけれども、区別と差別は違いますが、必要のない区別は差別に繋がると考えているので、私はあの考え方が好きではないです。
と、突然関係のない否定に繋げてみましょうか。

かなり前から書こうと思いながらいいタイミングがなかったので、ここならちょうどいいです。
何かというと、「〇〇好きな人に悪い人はいない」というやつ。こんなの迷信の類でそんなわけはないですし、そもそもそれを関連付けるのがよくわからんのよね。こういうことを言っている人はそれを好きな人になると思うので、自分や当該者の良い人アピール?    と屈折した捉え方もしてしまいます。以前にとある演劇系の方が呟いているのを見てそうかーってなりました。見かけると残念に思います。
それを好きな人とそうでない人で区別をしていてそんなことをする必要ある?    と思ってしまう。人の善悪なんてそんなところだけでは判断出来んよ。悪い人ってのは良い人の顔して近づいてくるものですし。幽霊とかよりも生きている人間のほうが怖いものね。
差別はね。わかりやすく差別をしている人よりも、理解がある素振りを見せながら、無自覚に差別をしている人がいちばん残酷と言える。最近話題になっているようなことは必要な区別にはなりますが、ただ、それによって本当に困っている当事者がいることを忘れてはいけない。議論がズレて、そこが蔑ろになっているように見える。